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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)166号 判決

東京都中央区日本橋本町1丁目1番地

原告

丸静商事株式会社

右代表者代表取締役

谷口好雄

右訴訟代理人弁護士

矢島惣平

長瀬幸雄

久保博道

同区日本橋堀留町2丁目6番9号

被告

日本橋税務署長 原和雄

右指定代理人

野﨑守

外3名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和57年4月1日から昭和58年3月31日までの事業年度の法人税について昭和59年4月28日付けでした更正(裁決による一部取消し後のもの。)のうち,所得金額262,680,246円,法人税額96,595,200円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定(前同)のうち,過少申告加算税額301,900円を超える部分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件更正等の経緯

原告の昭和57年4月1日から昭和58年3月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について,原告のした青色申書による確定申告及び同修正申告,被告のした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」といい,本件更正と合わせて「本件更正等」という。)並びに不服審査の経緯は,別紙一記載のとおりである。

2  不服の範囲

本件更正(裁決による一部取り消し後のもの。以下同じ。)のうち,所得金額262,680,246円,法人税額96,595,200円を超える部分及び本件賦課決定(前同)のうち,301,900円を超える部分に原告は不服であるから,その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

三  抗弁

1  所得金額の内訳

原告の本件事業年度の所得金額は,別紙二記載のとおりである。

2  未払賞与免除益認容額否認の理由

(一) 本件役員賞与金につき債務免除がされた経緯

(1) 昭和56年5月26日に開催された原告の株主総会において,昭和55年4月1日から昭和56年3月31日までの事業年度の利益のうちから,利益処分による役員賞与金(以下「本件役員賞与金」という。)として総額30,000,000円を支給する旨の決議(以下「本件総会決議」という。)がされたが,右決議においては各役員ごとの支給額は確定していなかった。

(2) 原告は,本件役員賞与金30,000,000円について,昭和56年4月1日から昭和57年3月31日までの事業年度の貸借対照表の負債及び資本の部の利益剰余金項目の役員賞与金勘定に計上した。

(3) 昭和57年6月18日に開催された原告の取締役会において,本件役員賞与金について,別紙三の「本件役員賞与金の支給額」欄記載のとおり,各役員に支給する旨の決議(以下「本件支給決議」という。)がされ,その旨取締役会議事録が作成された。

(4) 原告は,本件支給決議に基づき,本件役員賞与金について,前記(2)記載の役員賞与金勘定から,未払役員賞与金勘定に振替計上した。

(5) 原告は,本件役員賞与金に係る源泉所得税の額を8,770,000円と計算して,昭和57年9月6日,国に納付した。

(6) 昭和58年3月3日に開催された原告の取締役会において,本件役員賞与金に係る原告の支払債務を免除する旨の決議(以下「「本件免除決議」という。)がされた。

(7) 原告は,昭和58年3月31日本件役員賞与金について,債務免除を受けたとして,30,000,000円を本件事業年度の損益計算書の特別利益の部に,本件役員賞与金に係る源泉所得税の相当額として8,770,000円を損益計算書の諸税公課勘定に計上し,更に,本件事業年度の申告所得金額を計算するに当たって,本件役員賞与金の額30,000,000円から源泉所得税の相当額8,770,000円を控除した21,230,000円を,未払賞与免除益認容額として当期利益の額から減算した。

(二) 本件免除益を益金の額に算入すべきこと

(1) 本件役員賞与金は,本件支給決議により,各役員ごとの支給額が確定したので,原告の債務として確定したものである。そして,本件免除決議により,原告は,本件役員賞与金に係る債務についてその支払いを免れることになったから,免除益(以下「本件免除益」という。)が発生することになるが,その免除益は,法人税法22条2項に規定する収益に該当するから,本件事業年度の益金の額に算入すべきものである。

(2) 本件免除益は,本件役員賞与金の総額30,000,000円から,原告が国に納付すべき源泉所得税の正当額10,925,000円を控除した19,075,000円である。

(3) なお,原告の本件事業年度及びその前二事業年度の営業収益,税引前当期利益及び純資産額は,別紙四の当該各欄記載のとおりであり,原告の経営成績及び財政状態は良好であって,業況不振の状態にはなかったから,本件免除益については,法人が未払賞与を支払わないことが業況不振のためのものである場合に未払賞与金の免除益について益金に算入しないことができるとしている法人税基本通達4-3-3(以下「本件通達」という。)を適用することはできない。

3  本件更正の適法性

原告の本件事業年度の所得金額は,右1のとおり281,782,184円であり,本件更正における所得金額281,755,246円を上回るから,本件更正は適法である。

4  本件賦課決定の適法性

被告は,国税通則法65条1項により,本件更正により原告が納付すべきこととなった本税の額(同法118条3項により,10,000円未満切捨て。)に100分の5の割合を乗じて算出した金額について本件賦課決定をしたものであるところ,本件更正が適法であることは右3記載のとおりであり,したがって,本件賦課決定も適法なものである。

四  抗弁に対する認否並びに反論

1  抗弁1のうち,別紙二の5は否認し,これに伴い,6,10は争い,その余はすべて認める。

2  同2について

(一) (一)の(1),(2),(3)のうち別紙三の「本件役員賞与金の支給額」欄記載のとおり,役員賞与を配分する旨の昭和57年6月18日付け取締役会議事録が作成されたこと,(5),(6)のうち昭和58年3月3日に開催された原告の取締役会において本件役員賞与金を支払わない旨決議がされたこと(免除とは異なる。)及び(7)の各事実は認め,その余の事実は否認する。

(二) (二)の(1)は争う。(2)の計算関係は認める。(3)のうち,原告の本件事業年度及びその前二事業年度の営業収益,税引前当期利益及び純資産額が別紙三記載のとおりであることは認め,その余の事実は否認し,主張は争う。

3  3及び4は争う。

4  本件支給決議の不存在等

(一) 本件役員賞与金については,本件総会決議後,原告の業績が芳しくなかったこと,昭和57年3月に原告が新たに金の商品取引員となったため,その許可を得,これを維持していくために,従前より以上の純資産額を必要としたので,役員各人ごとの支給額の確定を見送っていた。

(二) 昭和57年5月ころ,原告は,日本橋税務署の担当職員より,本件役員賞与金について,未払いの場合でも源泉所得税を納付するように指導を受けた。

ところで,本件役員賞与金については,右(一)記載のとおり各役員ごとの支給額が確定していなかったのであるから,本件役員賞与金については,源泉所得税の納付義務は生じていなかったのである。

しかし,税務署の担当職員より右指導を受けたため,原告は,本件総会決議の日をもって支払いの確定した日と誤解し,右決議の日から一年を経過した昭和57年5月26日に支払いがあったとみなされ,本件役員賞与金に係る源泉所得税の納付義務が発生しているものと誤信した。

(三) 本件役員賞与金に係る源泉所得税は,各役員に対する支給額が定まらないと具体的な税額の計算ができないので,原告は,納付すべき源泉所得税額を算出するために,本件決議をした旨の昭和57年6月18日付け取締役会議事録(以下「本件議事録」という。)を作成した。しかし,実際には取締役会を開催しておらず,したがって,本件支給決議も存在していない。

(四) 仮に,本件議事録が作成されたことにより,右議事録の記載のとおりの決議がされたと評価されるとしても,右議事録には「各人別の配分額が決まらず未払となったままの……役員賞与について……源泉所得税納税のため次のとおり暫定的に各人別に配分額をきめ……るが,賞与の支給は業況が悪く純資産額も低いため未払のままとする」と記載されており,ここで決められている金願は暫定的なものであって,各役員ごとに確定していないばかりか,今後も未払いとするとされているから,本件役員賞与金については,各役員ごとの支給額は確定していない。

(五) 以上のとおり,本件支給決議は存在せず,あるいは,各役員ごとの支給額は確定していないから,本件役員賞与金については,その支払免除もされておらず,本件免除益は生じていない。

5  二重課税禁止の原則違反等

(一) 仮に,本件役員賞与金について,本件支給決議が存在していたとしても,本件役員賞与金は,利益処分としての役員賞与の支給であるから,利益の一部である本件役員賞与金自体に対して既に法人税が課税されているものである。このように本件役員賞与金については,既に法人税が課税されているから,その支払いが免除された場合の免除益を益金に算入して再度法人税を課税することは二重課税となる。

なお,役員賞与を一旦支払った後に,当該役員より同額の贈与を受けた場合は,それは単に金額が同額であるに過ぎず,右贈与金と役員賞与とは同一性質のものといえないから,それぞれに課税されても二重課税にはならない。

しかし,未払いの役員賞与についてその債務の免除を受けた場合には,それは役員賞与としての同一性を有しているものであるから,これに課税することは,二重課税といわざるを得ない。

(二) 役員賞与の支払免除は,一旦支給することが決議された役員賞与を,業況不振等により支払わないことにしたもの,すなわち利益を留保することにしただけのものであり,当該法人にとっては,支給額が確定しているか否かによって本質的差があるわけではない。また,役員賞与については,株主総会において各役員ごとの支給額を確定する場合もあれば,支給の総額だけを定めて各役員ごとの支給額の確定を取締役会に委ねる場合もあり,更に取締役会に支給額の確定を委ねる場合もあり,いつの時点で確定させるかは区々であり,そこに一定の法則があるわけではない。各役員ごとの支給額が確定しているかかという全く便宜的な事項により,役員賞与否の免除益に対する課税の可否が決まるというのも,極めて不合理かつ不公平である。

(三) 本件通達は,役員賞与の免除益について一定の場合に益金に算入しないことができる取扱いを定めているが,二重課税になる以上,当該債務免除益は益金の額に算入しないこととしなければならず,不算入を業況不振等の場合に限定すべき合理的理由がない。

このように通達をもって基準を設け,課税に差別をつけた取扱いをするのは租税法律主義に違反する。

6  原告が業況不振の状況にあったこと

仮に,右5の主張が容れられないとしても,別紙四記載のとおり,原告の昭和57年3月31日現在の純資産額は715,625,092円,昭和58年3月31日現在のそれは802,240,235円であり,商品取引業を含む会社に対する通産省等の行政指導上の純資産額の基準額(法定基準額の1.5倍の額)1,072,500,000円にはるかに及ばなかったものであるから,原告は業況不振の状態にあった。したがって本件免除益には,本件通達の適用があり,本件事業年度の益金に算入しなくてよいものである。

五  原告の反論に関する被告の補論

1  本件支給決議について

(一) 日本橋税務署の担当職員は,原告の昭和55年4月1日から昭和56年3月31日までの事業年度の法人税確定申告書中の社外流出欄に「賞与30,000,000円」と記載されていたことから,右賞与(本件役員賞与)は,各役員ごとに支給額が確定しているものと認識し,所得税法183条により,右賞与について,支払確定日から一年を経過した日に源泉所得税を徴収して翌月の10日までに納付しなければならないことの注意を喚起するため,別紙五の書式の書面を原告に送付したものであり,役員賞与については,支給額が確定しなくても源泉所得税を納付する義務があると指導したわけではない。また,原告も認めるとおり,本件役員賞与について,各役員ごとの支給額が確定していなければ源泉所得税額を計算することはできないのであり,真実各役員ごとの支給額が確定していないのであれば,右担当職員にその旨の連絡をするのが一般的対応であって,わざわざ取締役会を開催したかのごとく仮装して取締役会議事録を作成するなどということは不自然である。

(二) 仮に,本件役員賞与金について,各役員ごとの支給額の決定が暫定的にされたものであっても,その時点においては,各役員ごとの支給額が決定されたことに変わりはなく,その後,現実に支給するまでにその額が変更されたとしても,右変更後の額に増額又は減額されたに過ぎず,本件支給決議による債務確定の効果に影響を及ぼすものではない。

2  二重課税等の主張について

役員賞与のうち,各役員に対する債務が確定していないものは,法人税法67条2項,法人税基本通達16-1-4により,法人税法上,利益積立金額に含まれることになる。したがって,各役員ごとの支給額が確定しない間に,当該賞与を支給しないこととしても,それは利益積立金としての役員賞与を,利益積立金としての未処分利益に振り替えることに過ぎず,税法上,益金に算入すべき免除益は発生しない。

他方,各役員ごとの支給額が確定しているものについては,支払債務として確定しているものであるから,その支給を免除することは,各役員が一旦各人ごとの役員賞与の支給額を受領し,これを当該法人に贈与することと何ら変わりがないのであり,その免除益は,法人税法22条2項にいう収益に該当するものである。

本件支給決議により,本件役員賞与金については,各役員ごとの支給額が確定しているから,その免除益は当然,本件事業年度の益金に算入すべきものであり,原告主張の違法はない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因1(本件更正等の経緯)の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の所得金額について

1  所得金額の内訳

抗弁1(所得金額の内訳)のうち,別紙二の1記載の修正申告による所得金額に対し,同2ないし4記載の各損金不算入額を加算し,同7および8記載の各認容額を減算すべきことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで同5記載の未払賞与免除益を加算(認容額の否認)すべきか否かについて以下に判断することとする。

2  本件支給決議の存否

抗弁2,(一),(1)(本件総会決議の存在),2(役員賞与金勘定計上),(3)のうち別紙三の「本件役員賞与金の支給額」欄記載のとおり,役員賞与を配分する旨の昭和57年6月18日付け取締役会議事録が作成されたこと,(5)(源泉所得税の納付),(6)のうち昭和58年3月3日に開催された原告の取締役会において本件役員賞与金に関する決議があったこと,(7)(未払賞与免除益認容額計上)の各事実は,当事者間に争いがなく,これに成立について争いがない甲第1,第3号証,第5ないし第9号証,第13,第14号証,乙第1号証,証人小川義寛(後記採用しない部分を除く。)及び同三好巧の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。

(一)  原告は,昭和55年7月及び同年12月の賞与支給時期に,その役員に対して仮払金として別紙三仮払金欄記載のとおり支出していたが,商品取引所から,右仮払金を早期に解消するよう指導を受けたため,右仮払金を清算する目的で本件総会決議において,同年4月1日から昭和56年3月31日までの事業年度の利益金処分として総額30,000,000円の本件役員賞与金を支給する旨の決議(本件総会決議)がされた。右決議においては,各役員ごとの支給額が確定していなかった(本件総会決議の存在及び各役員ごとの支給額の未確定の事実は当事者間に争いがない。)か,原告の監査役であり,かつ,顧問税理士である小川義寛(以下「小川税理士」という。)は,右事業年度の法人税の確定申告書の社外流出欄に賞与30,000,000円と記載して,確定申告をした。

(二)  日本橋税務署の担当職員は,右確定申告書の記載から,本件役員賞与金の支払いが確定したものと理解し,同年五月ころ,原告に対し,役員賞与について支払確定後,1年を経過しても未払いの場合には,1年を経過した日に源泉所得税を徴収して,翌月の10日までに納付しなければならない旨の通知をした(所得税法183条2項参照)。

(三)  そこで,原告の担当者は,小川税理士と相談した結果,本件役員賞与金に係る源泉所得税を納付することとし,前記(一)記載の各役員ごとの仮払金額に対応させて決める各役員ごとの賞与金額により算出することとした。

そして,原告は,昭和57年6月18日付けで原告の取締役会において,別紙三の「本件役員賞与金の支給額」欄記載のとおり,役員賞与金を配分する旨の決議(本件支給決議)がされた旨の本件議事録を作成した(右事実は当事者間に争いがない。)。

右議事録に押捺された代表取締役及び各取締役の各印章は原告の他の取締役会議事録に用いられたものと同一で真正なものであった。

(四)  原告は,小川税理士関与のもと,本件役員賞与金に係る源泉所得税額を8,770,000円と算出し,これを昭和57年9月6日,納付した(右納付事実は当事者間に争いがない。)。

(五)  昭和58年3月3日開催された原告の取締役会において,議長が未払賞与免除の件として,「役員賞与金30,000,000円が現在も業況不振(純資産額が低い)のため未払金のままとなっているが,現況における会社内容および今後の会社事業再建のためにも全額を免除されたい」と提案したところ,全会一致をもって免除することが承認可決された(右取締役会において本件役員賞与金に関する決議があったことは当事者間に争いがない。)。

(六)  原告は,①昭和57年9月6日付けで,借方科目を未払役員賞与,貸方科目を当座預金,摘要を所得税,金額を8,770,000円とする,②同月30日付けで,借方科目を仮払金,貸方科目を未払役員賞与金,摘要を役員賞与に対する所得税,金額を8,770,000円とする,③昭和58年3月31日付けで,借方科目を未払役員賞与金,貸方科目を債務免除益,摘要を業況不振の為債権放棄,金額を30,000,000円,及び借方科目を諸税公課,貸方科目を仮払金,摘要を役員賞与に対する所得税,金額を8,770,000円とする各日付け別振替伝票をそれぞれ作成し,本件役員賞与金については,未払役員賞与としての経理処理をした。そして,原告は,小川税理士関与のうえ,同年5月31日,本件事業年度について,右30,000,000円から納付済みの源泉所得税8,770,000円を控除した21,230,000円を未払賞与免除益認容として当期利益から減額した旨の法人税の確定申告書を提出した(右内容の申告事実は当事者間に争いがない。)。

(七)  昭和58年9月28日,東京国税局調査第3部所属の三好巧外1名により,原告の本件事業年度及び前二事業年度の法人税について,小川税理士,原告の総務本部長兼経理部長の平川正信ら立会のうえ,調査が行われた。その際,原告側では,本件支給決議をした取締役会の議事録を示しながら,本件役員賞与の免除益について本件通達の適用がある旨主張したが,本件支給決議が不存在である旨の主張はしなかった。原告が本件決議が存在していない旨主張するようになったのは,本件更正等に対する審査請求の段階に至ってからであった。

(八)  なお,小川税理士は,昭和43年から税理士をしているが,それ以前は20数年間に渡り,税務署職員であった者であり,前記(三)記載の相談を受けた当時,役員賞与については,各役員ごとの支給額が確定しなければ,源泉所得税額の計算ができず,同税を納付すべき義務がないことを職務上,知っていた。

以上の各事実が認められる。

右のとおり,原告は各役員ごとの賞与金支給額が確定していなければ,源泉所得税額の計算ができず,同税の納付義務がないことを認識していた小川税理士関与のもとに,本件役員賞与金に係る源泉所得税を納付しさらに右支給額が確定していることを前提とし,取締役会において本件免除決議をしたうえ,本件通達により未払賞与免除益を減額した内容の確定申告書を提出し,その間,本件役員賞与金を未払役員賞与として経理処理していたものであり,東京国税局の調査に対しては本件議事録を内容が真正なものであるとして提示し,本件の審査請求に至るまで本件役員賞与金について,各役員ごとの賞与金の支給額が確定していない旨の主張をしなかったのである。そして,本件総会決議は,本件役員賞与金により,各役員賞与支給時期に支払われていた仮払金を清算する目的で議決されたものであるところ,本件支給決議の内容も右目的に添うものであり,本件議事録に押捺された代表取締役および各取締役の印章は真正なものであったのである。

右事実関係及び他に真実はその旨の取締役会が開催されていないのに本件議事録を作成しなければならない特段の事情を窺わせるに足る証拠はないことを併せ考えれば,本件議事録記載のとおりの決議がされたものと推認できる。

ところで,前記甲第9号証によれば,原告は前記2,(四)記載の源泉所得税納付の際,納付書の「益金処分支払確定年月日」欄に「56年05月26日」と記入したことが認められ,右事実及び前記2,(一)ないし(三)記載の各事実によれば,原告においては右納付当時,本件役員賞与金について,既に本件総会決議のときに支払が確定したものと誤解していたことが窺われないではない。しかし,原告に右の誤解があったからといって,右推認を覆えすに足るものということはできない。

証人小川義寛の証言のうち,本件支給決議が存在しないと聞いた旨の部分は,伝聞に過ぎず,かつ,前記の認定事実に照らし,採用しない。

成立に争いのない甲第10号証の1ないし3,第15号証及び証人小川義寛の証言によれば,原告が本件役員賞与金の各人ごとの配分額を決定しないまま各役員が辞退したとの意見のもとに昭和59年11月6日受付の「源泉所得税の誤納額還付請求書」を日本橋税務署長宛に提出したところ,同年12月7日で還付されたこと,しかし同署長が後に判断を改め,同60年10月31日付けで右源泉所得税の納税告知を行ったことが認められるが,原告の還付請求が本件審査請求後にされたこと,同署長の還付処分が後に改められたことは右に述べたとおりであり,いずれも前記認定を左右するものではない。

また,原告の役員賞与金元帳であるとされる甲第11,第12号証の記載内容は,各別の日付けにより作成された3枚の振替伝票である前掲甲第13,第14号証及び乙第1号証の記載に相反するから採用できず,他に前記認定に反する証拠はない。

3  本件支給決議による各役員ごとの支給額の確定の有無

右2の認定事実によれば,他に特別の事情のない限り,本件支給決議により,別紙三記載のとおり,各役員ごとの支給額が確定しているものということができる。

ところで前記甲第7号証によれば,本件議事録には,「各人別の配分額が決まらず未払となったままの,第26期(中略)の益金処分役員賞与について日本橋税務署から未払の場合であっても源泉所得税を納税するようお知らせがあったから,源泉所得税納税のため暫定的に各人別に配分額を決め納税することとするが,賞与の支給は業況が悪く純資産額も低いため未払のままとする」旨の記載のあることが認められる。しかし,原告が源泉所得税を納付することは各役員ごとの支給額が確定したことを前提とするものであり,したがって右のとおり「暫定的」という用語があるからといって各役員ごとの支給額が未確定であったとはいえない。また,「賞与の支給は業況が悪く純資産額も低いため未払のままとする」との部分は,本件役員賞与金の支給時期について不確定期限を定めたものと解するのが相当である。

他に右特別の事情を認めるに足りる証拠はないから,本件役員賞与金は本件支給決議により各役員ごとの支給額が確定したものというべきである。

4  本件免除益に対する課税の可否

各役員ごとの支給額が確定している役員賞与は,現実に支給されていないとしても,会社は,当該役員賞与の額に相当する債務を負っているから,それが既に支給ずみであるか否かにかかわらず,会社が資産として留保しているものではなく,同額の資産が社外に流出したものということができる。したがって,役員賞与の支払いが免除された場合には,会社は,同額の債務を免れることになるから,会社は改めて資産の流出分を填補したことになり,その免除額(ただし,源泉所得税に相当する額を控除すべきである。)相当の資産が増加することになる。このような資産の増加は,法人税法22条2項にいう益金に外ならない。

ところで,原告は,本件において役員賞与の免除益に対して課税することは,二重課税に該当する旨主張している。しかし,金銭債務の免除は,一旦債務の履行を受けた後に同額の金員を贈与したことと同様の経済的効果を有するものであり,ただ,現実に履行を受けて,これを贈与する手間を要しないだけのものということができるから,贈与を受けた場合と同一視できるものである。したがって,役員賞与の免除による益金に課税することは何ら二重課税に当たるものではない。

原告は次に,役員賞与の免除益に対する課税の可否が各役員ごとの支給額の確定の有無により決まるというのは不合理である旨主張する。しかし,各役員ごとの支給額の確定していない役員賞与は,債務として確定しておらず,同額の資産が社外に流出しているものとはいえないのであり,これを免除したとしても会社に利益が生じないのに対し,確定した役員賞与の債務免除は前述したとおりの経済的効果があるのであるから,各役員ごとの支給額が確定しているか否かにより,その免除の場合の課税の可否の結論が異なることに何ら不合理な点はないというべきである。

原告はまた,本件免除益に対する課税が二重課税になるとの前提のもとに,債務免除益を益金の額に算入しない場合を業況不振等に限定した本件通達による取扱いは租税法律主義に違反する旨主張する。しかし,本件免除益に対する課税が二重課税に当たらないことは前述したとおりであるから,原告の右主張はその前提を欠いている。のみならず,租税法律主義は課税要件及び税徴収の手続が法律又はその委任に基づく政令等によって定められることを要するものであるが,課税要件に該当する場合であっても,通達によって一定の場合に限り,課税しない運用がとられるのは租税法律主義の関知しないところであるから,いずれにしても原告の右主張は失当である。

5  原告の業況不振との主張について

原告の本件事業年度及びその前二事業年度の営業収益,税引前当期利益及び純資産額が別紙四の当該各欄記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。

右によれば,右三事業年度においては,毎期相当額の利益を計上し,純資産額も増加しているのであるから,原告の経営は順調であったものと評価でき,原告が本件通達にいう業況不振の状態になかったことが明らかである。

ところで原告は,昭和57年3月31日及び昭和58年3月31日現在における純資産額か,商品取引を営む会社に対する通産省等の行政指導上の純資産額の基準額にはるかに及ばなかったことから,業況不振にあった旨主張するか,前掲甲第2号証によれば,右三事業年度の原告の法令上必要な純資産額の基準額は,同別紙法定基準額欄記載のとおりであって,いずれの事業年度においても法令上必要な純資産額の基準額を上回っていたことが認められ,右認定に反する証拠はないうえ,原告の純資産額が行政指導上の純資産額の基準額を下回っていたことにより商品取引業を営むうえで必要な許可が取り消され,あるいは停止される事情にあったことを窺わせるに足る証拠はないから,原告の純資産額が行政指導上の純資産額の基準額を下回っていたということだけでは,原告の業況に悪影響を及ぼすものとは到底評価できず,本件通達を適用すべきであるとの原告の主張はその前提を欠き,失当である。

6  本件免除益の額

以上のとおり,本件役員賞与金に関する本件免除決議に伴う免除益の額は,法人税法22条2項にいう収益の額として,本件事業年度の益金の額に算入すべきところ,本件役員賞与金の額が30,000,000円であること,本件役員賞与金について債務が確定している場合の源泉所得税の正当な額が10,925,000円であることは,いずれも当事者間に争いがないから,本件役員賞与金についての免除益の額は,19,075,000円と算出される。

7  原告の所得金額

以上の事実によれば,原告の本件事業年度における所得金額は,被告主張のとおり281,782,184円と算出される。

三  本件更正等の適法性

本件更正における所得金額は281,755,246円であるところ,原告の本件事業年度における所得金額は前記二,7記載のとおり,これを上回るものであるから,本件更正は,適法である。

次に,本件賦課決定による過少申告加算税の額が,本件更正による法人税額から修正申告による法人税額を控除した額(ただし,国税通則法118条3項により,10,000円未満切捨て。)に100分の5を乗じたものであることは,計算上明らかであるところ右のとおり本件更正が適法である以上,これを前提とする本件賦課決定も適法である。

よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 加藤就一 裁判官 青野洋士)

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